« 自由と生存の証を | トップページ | 世界同時食料危機 1 »

2008-10-22

LAST HOME

天国へ向かう道ってどんなものだと思う。

光の絨毯に見たこともないメルヘンな花が脇を固め、

周りを先端に星をあしらった翼付きのベイビーが

飛んでいるんだろうか。

これはあくまでキリスト的な考えだけど、

仏教なら前に仏陀の化身が見えて、

ヒンズーなら芥子の花でもつくんだろう。

細かい部分はどうでもいいが、

とにかくこの世とあの世を繋ぐ縦の道は、

人間の脳のポケットに存在していて、

いつだってそれは光に満ちている。

    

だが、実際はなんてことはなかったぜ。

おれは実物を見たんだ。

道幅はせいぜい三メートル。

飾りもなければ花の一輪だって見えないし、

沿道の歓声も見送りも、エンジェルのガイドもない。

ただただ静かで琥珀色の道を、

ゆっくりと終わりの時間に向けて流されるだけだ。

30畳の中央広間には、記憶を分刻みに無くしていく

老人達が、残り少ない思い出との共同生活を送り、

木漏れ日と調整され過ぎた空気に溺れて、

天国への道を目の隅に映しながらも、

その先にある空間を疑うでもなく、恐れるでもなく、

日々番号札を確かめながら、乾いた瞳を細く滲ませるのだ。

      

   

介護付き老人用施設。

町の人はそう呼んでいた。

老人ホームでも療養所でもなく、あくまで‘介護付き’

の年寄りの為のアミューズメントパークだ。

市が運営する老人ホームは、月に7万8千円。

民間企業の介護施設は18万5千円。

老人ホームは抽選式で、倍率はおよそ200倍。

かと言って、施設も人員も十分な民間施設は、

とても一般市民には払えない。

東京の一等地にマンションが借りられる金を、

家族一人の為に払うことは出来ないからな。

しかも場所は福島県だ。格差はよりひどい。

役所は採算は考えないし、

高級ホームは庶民を客にはしない。 

これじゃ市場は回らないだろう。

そこで中間が登場したわけだ。

介護士の数は十分じゃないし、

設備もそこそこだが、月に10万ほどで入れる施設。

これは見事にヒットして、常に満床状態らしい。

町の人は他の施設と区別するために、

呼び名を変えた。

老人ホームでも療養所でもなく、

「介護付きの」老人用施設。

日本語ってどこまでも濁らせられるから便利だよな。

サラリーマンの給与袋も、米政府貢ぎ金及び経済界

成長必要金余剰分配袋・・・なんて呼ばれる日が

来るんじゃないだろうか。冗談抜きでね。 

   

部屋は一切の家具も調度品もなく、

ベッドと水道があるだけの状態だ。

病院の六人部屋みたいとも書けないほどの殺風景。

おれを応対した介護士は、

「転んだときにぶつけて大怪我になったり、転倒その

ものの原因になったりしますからね。それに小物は

飲み込んだら大変なことになります」

なるほど。合理性は風景さえも消すんだな。

          

昼間の勤務の介護士やヘルパーはたったの四人。

このカルテットで100人近くの老人の面倒を見る。

当然節々に取りこぼしがあるそうだ。

車椅子から転げ落ちての骨折。

徘徊した人の発見が二時間後になる。

そんな歪を知りつつも、どうにもならない現実が

すぐ傍で流れているのだ。

「スタッフが少なすぎる」

テレビのコメンテーターは鬼の首を取ったように言う

し、仕事はあるのに若者が敬遠しているとここぞと

ばかりに厚生省は叫ぶが、そんなことは皆わかって

いるし、本質を隠すためのきれいごとに過ぎない。

見舞いに来ていた入居老人達の家族が言っていた。

「スタッフが少ないことはわかっているけど、

多少の怪我やミスには、何も言えない。

彼らの労働環境の悪さは良く知っているから。

それに見てくれるだけでもありがたい。介護に徹する

ことなんて、このご時勢じゃ出来ない。私だって少しで

も働かないと、暮らしていけないから」

超資本主義の歪は、こんなところにも顔を出すのだ。

      

ヘルパーさんの勤務表を見せてもらった。

ひどいものだ。

一週間をマスグラフにしたシフトは、

勤務を示す赤色で八割以上が塗られている。

白地から睡眠を差し引くと、一体どれくらの時間が残る

んだろう…。

給与はなんとなく濁されたが、20万も出ていないらしい。

同僚が欝になったり、気が狂って辞めていくことももう

慣れたと言っていた。

仕事はある―。

偉いやつらはいつだって簡単に言うが、

実態はこんなものだ。

仕事は確かにあるが、そこに未来や人生がないこと

は、アメリカを模写しはじめた頃から、珍しくもなくな

ったよな。

         

介護分野の賃金と労働環境の悪さは、

不景気のせいじゃない。これは断言できるが、

利益を極大にまで追求するシステムのせいだ。

入り口は指紋認証とパスワードロック。

病室の入り口もスタッフの無線リモコンのスイッチ

なしには開かない。

死角の無い動きを探知して知らせる高機能監視

カメラ。

設備の内容で見れば、どんな大企業のシステム端

末室よりもすごい。

だが、これらは人員を極力減らし、少ない人数で

どれだけ多くの老人を見れるかということを追求

した結果で、スタッフの仕事を助けるものでは決し

てないのだ。

      

賃金は上がらないのに、どんどんと仕事は増え、

結果、今の現状がある。

競争率の激しさから、顧客も何かあっても滅多に

文句は言わず、

企業側はどんどん利益追求を進める。

コムスンの件で分った通り、大事件に発展するまでは

見てみぬフリの行政。

この最悪のトライアングルバランスにより、

業界そのものが悪化の一途を辿っているのだ。

このベクトルも行き詰まり。手が無い。

日本はもう壁だらけだ。

どっちに転んでも未来がない業種ばかりで、

真剣にどうなっちまうのか不安だよ。

          

    

そんな施設の一部に、長い廊下がある。

幅は三メートルくらいで、先が見えないほど奥まで

続いている。

誰でも入れそうだが、赤外線がしっかりと見えない

ガードで行く手を阻んでいる。

「これはどこに繋がっているのですか」

と聞くと、一人が少し不自然な笑みを浮かべて

言った。

「この先は、要付き添い介護者の部屋があるんです」

その時はそれ以上話してくれなかったが、

別れ際にアルバイトの男性が教えてくれた。

彼はおれと同い年で、非対称な流行のヘアスタイルが、

数ヶ月伸ばしっぱなしになっている感じで、目の下の

クマは定位置化しちまっているのか、くっきりとまぶた

の中ほどから刻まれていた。

「あそこにいった方は、滅多に戻ってくることはありま

せん。付き添い介護は料金もすごく高くなりますから、

払えずに家族が引き取るか、頑張ってなんとか払い

続けるかしかないんです。でも、老人より家族の方が

先に倒れてしまうことも少ない無いんですよ。でも、

病院も万床が多いし、本当に命に危険が無いと、

なかなか入院はさせてくれないですからね。あの道の

向こうは、この国のみんなが見てみないふりをしてい

ることが集まってしまった部屋なんです」

      

それは確かに天国への道だったが、

童話から飛び出て意味をもったそれは、ひどく残酷な

ものだったわけだ。

そのまま倒れこみたくなるような柔らかな日差しは、

その道にもゆっくりと降り注いでいたが、

竜の両目のように光る赤外線センサーが、

えらいアンマッチで、冷たい空気が流れ込んで

いくようだった。

         

    

最後に、面倒じゃなかったらクリックしていってくれ。

人気blogランキング

      

         


« 自由と生存の証を | トップページ | 世界同時食料危機 1 »