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2009-01-18

スペイン広場の向こうへ 

先日イタリアのトリノ在住のフリーライターの男性が

日本に来て、それのガイドをやってくれないかって

頼まれて引き受けた。

仕事を振ってきたのは会社員時代の同僚だけど、

完全におれを何でも屋と勘違いしていやがるな。

観光じゃなく、ぶらぶら都内を回りながら、

生きた情報が欲しいって話だったんで、

おれも何も計画を立てずに向かったんだ。

考えてどうにかなるものじゅないし、そんなご丁寧な

トリビュートが可能なら、とっくにこの国は浮上してる

だろう。

         

事前知識としては一応入れておいた。

イタリアも日本同様、雇用が不安定で失業者も多い。

治安の悪化も地域によっては懸念されはじめている。

金融危機の直撃は他EU圏に比べればまともだが、

観光による外貨獲得が大きかったことで、

不況に連動してベクトルは俯いたままのようだ。

日本とすごく似ているだろう。

セーフティネットが厚いのと、派遣システムがないんで、

少しばかり向こうの方が希望が多いが、

先進国と言うラベルを貼った地球制服組織の中で、

もはやワースト1,2が定位置になった二国。

一番親近感が沸く国じゃないだろうか。

       
            

待ち合わせは先方の宿泊先も考慮して上野にした。

上野公園の入り口の大階段に朝7時。

サラリーマンが殺気だって行列を作るのを眺めながら

の待ち合わせだ。

おれが着くとすぐにわかった。

階段で立ち止まっている白人が一人。

長身でガタイの良い中年男性だった。

少し色の抜けた黒髪で、面長の土台に、

雑に置かれた目と口のパーツ。

鼻がでたらめに長くて、鼻尻はコンパスみたいに

まん丸だった。

コリッチーニです。

です、のアクセントがやけに強くて面白かったけど、

笑わずにおれも合わせて菊池デスと言ってやった。

笑うと口の両サイドの皺が一段とくっきり現れて、

細長い目は潰れて一本の線になっちまう。

かわいらしいおっさんだ。

同僚の手配した通訳もちょうどやって来て、まさかの

男性。男三人の東京ツアーが確定した。

            

せっかくだからとそのまま上野公園の中に入った。

多分日本で今うなぎのぼりにメジャーな言葉になってるんじゃ

ないかってホームレスや野宿者を、ご案内しておこうと

思ってね。

「ミラノやローマには何度か行ったことがある。

やっぱりイタリアもホームレスが多いが、協会で毎日食料を

配ったりしてるよね。

自治体が定期的に仕事と住所を与えたり。

でも日本はそういうことはしないんだ。

ホームレスの支援は有志のNPOとかの団体がやるだけで、

国や自治体は滅多に救いの手は差し伸べない。

落ちたら終わりの場所なのさ」

通訳はNPOを訳すのに困っていたが、

コリッチーニはNPOでわかると言った。

「来る前に日本に住んでいたことがある友人や、

日本人に聞いて少し勉強してきたんだ。

イタリアの救済体制が十分とはとても思えないけど、

日本は救済しようとさえ思っていないらしいね」

痛いことをさらりと言う。言い方ってものがあるだろうに。

でも日本について勉強したってのは関心かな。

家電が多い。コンビニが多い。満員電車。

そんな表面上の浅い溝をなぞるだけじゃ満足しないって

ことの裏返しか。

「お互いドンケツ争いで大変な国だからな。

参考になる部分があったら言ってくれ。

話を聞きたい時もね。出来る限り交渉するよ。

そういうのは得意分野なんだ」

通訳はあんまりくだけた言い回しをするなって顔

だったが、コリッチーニはありがとうと、今度は

なかなかの発音で言った。

「コリッチーニさん、呼びにくいからコリーで良いかい。

おれもケンでいいから」

小さな目でまた半円を作って、彼は勿論だと笑った。

こんな笑顔が今一番必要だ。

イタリアも日本も…いや、この世界には。

          

            

ブルーシートの数は相変わらず。

いや、秋からこっち、少し増えたかな。

彼らが怠け者なんて大間違いだ。

始発が走るころに既に始業していて、

日が落ちてネオンが灯るころまで働いているのだ。

朝の7時過ぎにテントにいるのは、

金目のものを盗まれないように番をする役目の

やつだけだ。

時代は変わって、いまやホームレスから強盗する

やつらが溢れているからね。

この国はそこまで来ているのさ。

「彼らは日本のホームレスのいちグループだ。

他にもネットカフェを渡り歩くタイプや、簡易宿泊所

みたいなのに入って仕事を斡旋されてるのもいる」

コリーはさほど驚かない。

「仕事を斡旋する人たちもいるんですね」

通訳は多少色をつけているのかもしれない。

勝手に頷いてやがる。

「善意からやってるやつらもいるが、多くは違う。

仕事を派遣会社から大量にもらってきて、そこから

更に法外な手数料を抜いて、一生ぬけられない

軟禁地獄を作って閉じ込めているだけだ。

政府はそれを知ってて黙認しているし、派遣会社

からの莫大な献金のせいで、ニュースでは深刻な

問題になっているにも関わらず、首相はもはや

業界の手先に成り下がっているんだ」

面長のイタリアンライターは、青い瞳に青いテントを

映して、底なしに温度を下げていった。

「派遣制度は恐ろしいものだ。これは世界中の経済

学者が口にしています。

どの国も導入の選択を迫られた。結果日米(正確に

はアメリカは微妙に違って、後はフランスにもパート

みたいな感覚で似たようなものがある)が導入しま

したが、ひどいものです。人間は人間でなくなったの

かもしれません」

人間ではなくなった…か。

だとしたら、おれたちは一体何なんだろうな。

奴隷主義、戦争による支配成長。

この国はどちらの甘い蜜にも惑わされなかったが、

自国の民族から奴隷を生む制度という

甘いシロップたっぷりの金の山には飛びついちまった。

アメリカの要望書による命令を自民党が忠実に

実行したのが原因だが、中毒になって止められないの

は経済界だ。

この国は深刻なドラッグのジャンキーで、

もしも政権が変わって大本が正常化したとしても、

そこから長いリハビリが必要なのさ。

もともと皮算用の蚊帳の外のおれたちには影響ないが、

激変を求められる支配層が、そこまでそれを受け入れ

られるのか。

これに全てがかかっているよな。 

          

      

再び公園の階段に戻ってきた。

ようやく氷みたいになったアスファルトと太陽が

直線を紡いで、光がさしはじめた。

長い階段にも色がついていく。

コリーは体をサーベルみたいに伸ばして、

深呼吸をする。

「ケン、ここは広くて素敵な広場だね」

懐かしむような顔。

「ああ、休日にはこの階段で色んなやつらが

待ち合わせしたり、遠足に来た子供達が点呼

したり、カップルが座り込んで談笑するんだ。

ローマのスペイン広場の階段みたいだろう」

「そうだね。

だけどスペイン広場も最近じゃ平日は人が

減ったみたいだ。どこの国も厳しいからね。

旅行客が減っているのさ。

でも日本人は相変わらずたくさん来ている

ようだよ。円は高いから」

彼は両手でオーケーサインを作って、そいつを

天地反転させる。ゼニのマーク。

どこでそんなものを覚えるんだろうな。

「大丈夫さ。スペイン広場もここも、きっとまた賑わう

ようになる。イタリアにはあんたみたいなやつがいて、

こうして日本に取材に来ているんだし、日本だって、

希望がないわけじゃない。ドン底まで落ちたせいで、

はじめて有権者たちが現実を直視しはじめている。

先進国も常任理事国もどうでもいいけど、最低な矛盾

の中で生きる世界は、確実に終わりに近づいている

と思うよ」

コリーも今度は目を開いて言った。小さな瞳の中からは、

強い力が溢れている。

「私達もベルルスコーニの政策には批判と賛同で

わかれているけど、少なくとも経済政策について

国民が真面目に、そして厳しく見る目を取り戻したん

だ。これは大きいよ。

毎日ニュースでは経済論争が流されている」

「たくさんのクイズ番組と一緒に?」

彼はまた大きな笑い皺を広げて漫画みたいな顔に

なった。

互いに確かな一歩を踏み出しているんだな。

上野の街は暗い世相をコピーペーストしたように

沈んでいるが、おれたち三人はピクニックみたいに

陽気に歩き出した。

置き去りにされたこの下町にも、

そしてスペイン広場の向こうにも、

日の目を見たい新しい命が、ぎっしりと詰まっていて、

おれたちはその未来のために、歯を食いしばって

耐えているのだろう。

春よ来いってな具合にね。

         

          

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