パイプスタンドの男
過去の記事で、反響が多かったものを少しずつUPしていくよ。
要望も多いからね。
とは言っても、全部Wordベースでしか残っていなくて、結構
面倒な作業なんで、本当にちょっとずつな。
一度読んだことがあるって人は、今日はスルーしてくれ。
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あんたの仕事はひたすら薄汚れたストリートを
眺めていることだ。
職場は24時間人気が途絶えることの無い、
JRのターミナルステーションから徒歩1分の広場。
生きるために汗だくで歩き去る会社員を見てるもよし、
携帯のストラップに成り果てたガキを見てるもよし、
なんだったら平家物語の暗誦なんてのも悪くない。
盛者必衰の理を顕す。
エッジの効いたいい時間潰しだ。
やってもらうことはただ一つ。看板を支えてくれりゃいい。
安手の細長い角材と薄さ2センチの平たいプレートを
接合しただけのひどく質素な看板をね。
何が書いてあるかなんて気にする必要は無い。
借金が焦げ付いたやつをさらにカモにする闇金、
誰も進んでは買わない曰く付の不動産、
違法風俗店の割引チケット。
どの道まっとうなやつなら興味無しの闇のガイドだ。
平和のつもりでいるやつとブラックゾーンとの
境目に立つ仕事。悪くはないだろう。
日常と非日常はいつだって紙一重なのさ。
ずっと宙高く上げている必要なんてないし、
疲れたなら座り込んで方でればいい。
これで日給五千円。
九時から十七時が定時で、残業なんて滅多に無い。
一日五百円ばかりで寮だって用意してくれる。
どうだい? 良い仕事じゃないか?
ちょっと手取りは少ないが、
弱者が自殺が樹海旅行の順番待ちをしてる今の日本じゃ、
こんな仕事でもあるだけマシだ。。
それさえありつけないやつはごまんといて、
日米型資本主義のスイサイド待合室には、
今だって人が溢れているんだから。
おれが会った看板持ちは三十六歳の男。
ユニクロのブルーのフリースにスーパー売りの
すり切れたジーンズ。
髪は半年散髪に行ってないというだけあって、
肩まで伸ばし放題だ。
『おれの仕事は椅子の代わり。しかもバイプ椅子のね。
道路交通法上、看板を道路には立てて置けない。
だから人間に持たせているのさ。夢も希望も無い。
このまま野垂れ死ぬまでこいつを持って、
ここに立ち続けるんだ。』
そうひとりごちる彼の目には、
彼を蔑んだ目で見ながら通り過ぎる通行人が、
只々映し出されていたっけ。
本質はちっとも変わらないのにな。
看板持ちのおっさんと、おれやあんたの差なんて、
いい加減に並べられた都会のペンシルビル同士の
隙間ほども無い。
看板おやじだって、ついこの間までは、まさか自分が
こんな生活をしているとは夢にも思わなかったそうだぜ。
え、自分は大丈夫だって。
疑問を持った時点で世の中を、日本って国を過大評価しすぎだ。
国民を守る方針から、切り捨てる方針に変えてからのこの国じゃ、
誰もがデッド オア アライブの境界線を綱渡りしてるのだ。
今回の話だってその中の一例に過ぎない。
そのおっさんは1年半前まではごく普通の会社員。
大きくは無いが、そこしか作れない精密部品を持っていて、
中堅メーカーとして頑張っている企業だ。
ところが片親だった母親が痴呆症になった。
不運なことに乳ガンも同時期にかぶって要介護状態。
彼の当時の手取りは三十万で、妻と6歳の息子が暮らす
金は当然必要だ。
ベッド代に何度も続く手術費は、相当なダメージ。
加えて不動産屋の口車と、住宅金融公庫の縮小と地価
の底値なんていう、経済界発の購買扇動によって買った
マンションのローンがいっそう首を絞めた。
週に二十時間の残業をして、妻がパートに出たりで何とか
介護費用を捻出していく。
勿論、合間を縫って、母の見舞いだって駆けつけた。
だけど、そんな生活は長くは続かなかったんだ。
介護費用は負担が重く、
かと言ってすぐに入れる老人ホームは、庶民にはとても手が
届かない値がつけられている。
比較的安い所も、でたらめな順番待ちで、何故か金持ちから
優先して抽選に受かる始末。
彼が早々に母親を施設に預けるには、然るべき所へ
然るべき額の裏金が必要だったが、彼には…いや、
ほとんどの国民には、とてもじゃないが捻出不可能な
馬鹿げた額面なのだ。
母親の病状は悪化。。
出来る限り家族が付き添うことが、この世に繋ぎとめる鎖に
なるとドクターから釘を刺された。
(おれだって出来れば毎日でも見舞いに来たい。でもそれが
出来ないんじゃないか)
男の叫びは声帯を振動させることはなかったが、
その分、下唇にはたくさんの傷が出来た。
柔らかくて熱い傷跡だ。
彼の家は狭いのと、昼は誰もいない為、かえって危険だ。
仕方なく毎日仕事が終ってから、
埼玉の東川口の実家に寄って、
深夜に練馬の自宅に帰っていた。
当然限界点は訪れる。
その生活をして4ヵ月後、彼は職場で倒れた。
質量の小さな発砲スチロールが落ちるように、静かに…重く。
日本国民全員が既に承知済みだろうけど、
必要なときに、国はあんたに何もしてくれないし、
医療費も介護負担も保険料も、経済や国民生活なんて
置いてけぼりで上昇していく。
当然彼にだって救いの手は差し伸べられなかった。
彼は仕事を休んだ。
溜まっていた有給を目一杯とって、介護にあたった。
一部の大手企業や公務員で無いなら、
長期の休暇が終って帰ってきたときに、席が無いことに、
あまり驚きは感じないだろう。
彼はあっさり失業し、僅かな退職金も病院の支払いに当て、
母の実家近くの零細企業に再就職した。
ところがそこは更に悪条件。
朝の九時からはじまる仕事は、夜の九時までの
十二時間拘束がスタンダード。
残業代なんて支給されないし、隔週での土曜出勤もある。
それでも母の介護を怠るわけにもいかない。
金が無くて施設や病院に入れてやれない分、
毎日深夜まで働いてから実家に寄り、母と終わりの時間に
向けての時を過ごした。
更には足りない分を稼ぐために、日曜は建築現場の鉄骨
運びのバイトをした。それでも徐々に家計は悲鳴のトーンを
上げていく。
彼はまた倒れた。
そして終に借金した。 たった五十万だった。
何も障害が無いやつなら、五十万の借金は頑張れば1年も
あれば返せるだろう。
だが、ちょっとでも悪条件が重なったやつはそうはいかない。
この国でなら、諭吉五十人は人を殺すには十分な重さ。
人よりも金。それを選択したマーケットの上では、
ワーカホリックに働くことを止めた瞬間、例えどんな理由で
あろうとも、脱落を意味する。
「動かないロボットは廃棄するだけ」
残酷だが、それがおれたちが選んだ社会だ。
後はとんとん拍子に下り坂だ。
借金は徐々に増えていき、首が回らなくなった。
毎日のように、サラ金から債権を売り飛ばされたやくざ
もどきから脅迫めいた電話が続き、
妻は息子を連れて出て行った。
最終的に、母親は乳がんの再手術が受けられず、
かなり苦しみながら息を引き取った。
そして彼も事実上全てを失い、
まだまだ寒い四月頭の新橋で、闇金の看板を持ち続けている。
彼の瞳がどれだけ乾いていたか、書かなくてもあんたなら
容易に想像つくだろう。日本は狂っているのだ。
35歳で手取り三十万。
妻と小さな息子が居て、都下に三千万後半のマンションを
買い、ローンを払って生活している。
なぁ、これは特殊なケースか。
彼がおかしいのか…違うだろう。
日本でならごく当たり前にあるであろう、
メディアと政府の言いなりに沿ってきた平凡な家族だ。
そんなやつでさえ、身内の病気一発で人生にピリオドを
打たれる。この意味がわかるだろうか。
そしてこの国が目指す美しい国が何なのか、
正体が掴めたかい。
介護費用は年々負担が増し、保険料も同じ。
年金の信用だって、地に落ちきっている。
WEが可決されるまでも無く、労働組合も無い
会社ははなから残業代なんて満足に出ちゃいない。
小さな企業では、上司に逆らっただけで辞めさせられる
なんてデタラメな状況だって現実に起きているんだ。
民間の保険会社も政府への献金のおかげで
組織上げての払い渋りを堂々とやってくる。
(※現在は一部摘発されている 筆者注)
それなのに、政治家は年金で豪遊し、血税で野球拳をし、
永田町では道路利権と海上給油利権にすがりつくことに
必死な面子が大騒ぎだ。
彼より待遇の悪いやつがこの国に何人いると思う。
それに彼よりちょっとくらい境遇が良い程度では、
今回の結果が変わらないのは明白だ。
…これがこの国の実情、いや、この程度じゃない。
これからますます格差拡大のスピードは上がっていく。
あんた自身だけじゃない。
妻や息子、両親まで含め、何か一つでも重大なトラブル
が起きればすかさずゲームセットの可能性だってある。
でも、自民党が悪いんじゃないぜ。
小泉は、
『こういう世の中にします。2割の人間を繁栄させて、
8割の人間が地獄を見る世界にします』
と言ってたし、 安倍だって
『小泉総理は甘い。 もっと奴隷層から搾り取って
支配構造を磐石にします。』
ときちんと言っていた。
それでも国民は、小泉はどうやらいい政治家らしい。
安倍さんが日本をよくしてくれるらしい。なんて出所不明な
情報を頭から信じて、弱いやつほど自民党に投票したんだ。
自民党が国民を馬鹿にするわけだろう。
無関心ほど、怖いものは無いのさ。
看板もちのおっさんがおれに言ったこと。
『おれも2年前までこんな看板持ってるやつを馬鹿に
してたし、まさか自分がそうなるなんて思ってもなかった。
この国じゃ何かあった時の為の貯金が最低五百万は
必要だな。だけど、子育てや結婚、介護なんて考えたら、
そんな金を捻出できるやつはそう居ない。おれだって
中堅どこの係長だったんだ。それでもこの様。
会社の命令通りに、ずっと自民党へ投票していたし、
それで生活がよくなるんだと思っていた。
今に思えば自殺志願書みたいなもんだったんだな』
再チャレンジをスローガンに掲げるこの国だが、
残念ながら彼はおそらく二度と這い上がれない。
それはあんたにもわかるはずだ。
あんたも毎日の通勤・通学で、ターミナル駅を通るなら、
看板持ちのおっさんを見るだろう。
彼らをどんな目で見るのも自由だが、
彼らとおれたちの間には、なんの差も無いんだぜ。
小石にでも躓けば、簡単にあんたもパイプ椅子デビューだ。
故に、彼らに冷たい視線を落として通り過ぎるやつを、
おれはあまり信用しない。
四月の日差しは、クリーム色に新橋を染めている。
今年の夏はとびきり暑くなりそうだな。
いや…熱くならなくちゃいけない。
※2007年春取材、同年四月下旬に公開した記事です。
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